🌊日本語はお水、英語は刀✍️〜言葉が持つ“調和”と、“明快さ”のちがい〜
おはようございます。福田あかりです🐣✨
今日は「日本語と英語のちがい」について、私なりに感じていることを綴ってみたいと思います🌈📝
🗡 英語は「刀」みたいな言葉
英語って、とってもハッキリしていますよね。
Who(誰が)What(何を)When(いつ)Where(どこで)How(どうやって)
ぜんぶが明確で、「やるの?やらないの?」という判断も一目瞭然🧭
この“明快さ”があるからこそ、英語は契約やビジネス、論理的な説明に向いているのでしょう📄✒️
境界線を引き、責任を明示し、言葉で「約束」をかわす力強さが感じられます✨
💧 日本語は「お水」みたいな言葉
それに対して、日本語はよく「曖昧だ」と言われます🍃
でも私は、**この曖昧さこそが“調和のちから”だと思っているんです🌿
日本語は、言葉そのものが
💧 人や物事、空気を “調和へと導いていく” 💧
そんな特性を持っていると感じています。
たとえば、
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「できたらお願いしますね」
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「それはちょっと…」
これらの言いまわしは、言葉の奥にある配慮・思いやり・場の空気への気づかいがにじんでいます🫧
日本語はまるで お水のような言葉。
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味がしない
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固くない
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柔らかすぎない
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しずかに流れていく
🌊 ニュートラルな響きが、人と人の間に“ゆるやかな調和”をもたらしてくれると私は感じています。
📡 空気を読む=ちいさなテレパシー?
日本人がよく言う「空気を読む」「行間を読む」って、
ただのスキルじゃなくて、感性のコミュニケーションだと思います💞
相手の発した言葉だけでなく、
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どんな気持ちで言っているのか
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本当は何を伝えたかったのか
…そういう「響き」をキャッチするちから。
これはもう、一つのテレパシーのような感覚なんじゃないかと私は思っています💫
日本語は、響きでつながる言葉ではないでしょうか🎶
🌕「あるようでない、ないようである、すべてがある」
調和したものって、存在感がうすくて見えにくいことがあります。
でも、それは「ない」んじゃなくて、「満ちている」から感じにくい🕊️
水のように、そっとすべてを包み込む。
日本語は“調和の響き”を届ける言葉なんです✨
強い主張ではなく、
静かな響きで、場を整え、人をつなぎ、気持ちをなじませていく。
それが日本語の持つ、本当のちから🌟かなと感じています。
🛠 役割のちがいをたのしもう
英語と日本語、どちらが優れているという話ではありません。
🌐 英語は「刀」:はっきり切りわける
💧 日本語は「水」:しずかに調和へと導く
それぞれが持つ美しさとちから。
それぞれ使い方の違う道具🛠✨なのだと思います。
🫶 最後に
私は日本語のこの「調和に導くちから」が大好きです💖
目に見えないけれど、
響きの中にこそ、ほんとうのぬくもりや優しさが宿っている。
これからの時代、
そんな“見えないけれど確かなもの”が、
もっともっと大切になっていく気がします🌍💫
また、こんな言葉の旅をご一緒できたらうれしいです🚀🌸
読んでくれて、ありがとうございました💕